NPO法人SET流「内発的イノベーション」の起こし方(前編)

INでは、個の可能性や、自分らしさを創発する”内発的イノベーション”の事例をご紹介していきます。今回ご紹介するのは、岩手県陸前高田市広田町を拠点とするNPO法人SETです。人口3,000人にも満たない小さな漁港町の広田町に、都心で暮らす若者を迎え、人生を変えるほどの心揺さぶるプログラムを提供しているSET。設立から11年経った現在、気づけば、約30名もの若者が陸前高田に移住しているそうです。地域で暮らす人々と密接に関わりながら活動人口を増やし続けているSETが、どのような内発的イノベーションを起こしてきたのか。SET副代表の岡田勝太さんと、実際に陸前高田に移住した3名の若者たちにお話をうかがいました。
前半のレポートでは、SET副代表・岡田勝太さんへのインタビューの様子をお届けします。

【お話を聞いた方】岡田勝太さん
NPO法人SET副代表理事/暮らし部部長/ChangeMakers’College学長。1992年生まれ、東京都出身。広田町に移住して7年目(2022年現在)。
2017年にはデンマークの成人教育機関「フォルケホイスコーレ」と連携した4ヶ月間の移住型well-beingスクール「ChangeMakers’College」を発足し、現在学長を務めている。同じく移住者の妻と、2人の子どもと暮らしている。

“人口が減るからこそ豊かになる”ひと・まち・社会づくりを目指して

松原(IN) はじめまして。内発的イノベーションの研究をしております、松原です。本日は貴重なお時間をありがとうございます。内発的イノベーションの素晴らしい事例として、SETの活動についてぜひお話を伺えたらと思っていました。本日は、私からではなく、INの研究員である井上から岡田さんにご質問をさせていただきます。時々私も、お話に参加するかもしれませんが、本日はよろしくお願いします。

井上(IN) よろしくお願いいたします。はじめに、SETについて団体紹介をお願いしてもよろしいでしょうか?

岡田(SET) 僕たちSETは、東日本大震災から2日後の2011年3月13日に発足した団体です。当時関東の学生だった現代表理事の三井俊介が、学生の力でできる復興支援を進めるために、SETを立ち上げました。活動を通して、地域の人口減少やそれに伴う存続危機を肌で感じるようになり、「この町が残り続けるためにできることをしたい」という思いから、2013年に法人化しています。

SETの拠点である広田町は、日本の地域が抱える課題の先進地です。ここで解決策を作ることができれば、それが日本全体の解決策にもなるはず。そんなことを考えながら、「人口が減るからこそ豊かになるひとづくり、まちづくり」をビジョンに掲げて、町の方と一緒に日々活動しています。 

井上 人口が減るからこそ豊かになるという発想は、私たちもとても共感します。

岡田 広田町に限らず、人口減少が進む地域全体に言えることだと思うのですが、人口が少なくなること自体は必ずしもネガティブなことではないと思っています。人口が減ることで、一人ひとりの存在価値や影響度が高まって、その人にできることが増えていくという側面もあるとSETでは考えていて。この町に暮らす人、そして外から関わる人が、自分の可能性に気づいて、それを発揮していける町になれるのではないかと思っています。そのモデルケースを、ここ広田町で生み出せたらなと。そんな思いから、“一人一人の「やりたい」を「できた」に変え、日本の未来に対して「Good」な「Change」が起こっている社会を創る”という団体のミッションを掲げています。


【参考】SETの4つの主要事業
①キャリア教育事業
岩手県内の中高生と外部の大学生が、地域や自分たちの未来を拓くアクションを起こしていく事業。2014年に始まって以来、25以上も新しいアクションが生まれている。
②民泊事業
地域の方や市・他団体と連携した、東北最大級の修学旅行生向け民泊事業。2016年以降、のべ8,400名以上の生徒を受け入れた。
※現在はコロナで実施を見合わせ中
③Change Maker Study Program
全国から集まった大学生が地域に1週間滞在し、自分たちの「やってみたい」を軸にした地域おこしアクションを町の方と協力して取り組むプログラム。2013年に開始以来、全国から700名以上の学生が参加。
④Change Makers’ College
デンマークの生涯教育機関「フォルケホイスコーレ」と連携した学び舎。基本コースは4ヶ月からあり、持続可能なライフスタイルを形成することをコンセプトにしている。


井上 まちづくりと聞くと、目の前の課題解決に特化した取り組みを進めていくイメージがありますが、SETでは一人ひとりの「やりたい」という願いがまちづくりの出発点になっていますよね。

岡田 「自分がどんな願いを持った人間なのか」「自分にとっての豊かさ、喜び、幸せとは何か」といった、自分のあり方に根ざした「やりたい」を探求して、それを一度「やってみる」ところまで挑戦できるのが、SETのプログラムの特徴なのかなと思います。

そのプロセスの中で、参加者と町の方が、お互いに刺激を与え合っているというか。参加した若者だけでなく、町の方の新たな可能性も拓かれていると感じています。例えば「Change Maker Study Program」で学生が企画したプロジェクトをきっかけに、地域の伝統行事が復活したり、地域初の美術館が誕生したりと、様々な波及がありました。他にも「外から来てくれる学生のために」と休んでいた畑仕事を再開された方もいます。

井上 そうした相互作用を通して、個々人の「やりたい」から生まれた願いが地域に新しい価値をもたらしていく様子を、私たちの研究する内発的イノベーションでは相互発酵〜発酵拡張と呼んでいます。SETから生まれていることは、まさにその好事例ですよね。


10年経っても未完成な“素人”であり続ける

井上 そんな好循環が生まれる背景には、SETという組織自体にも何か特色がありそうな気がするのですが。岡田さんから見て、SETはどんな団体ですか?

岡田 僕が好きなところでいうと、「組織どうこうよりも、あなたの人生が大事である」「あなたの人生としてこれを大切にしてほしい」ということを、メンバー同士が声に出して伝え合える文化があることです。一人の人としてどう生きるかを一番尊重していて、生き方についてすごく語る。それはSETらしさかなと思っています。

あとは、SETを10年間応援して下さっている外部の方から「SETはいつも未完成だよね」という言葉をいただいて。「10年もやってきたら、玄人っぽいこなれた雰囲気が出てもいいのに」と言われました(笑)。このずっと初心者っぽい感じが、SETの面白いところなのかもしれないです。

SET副代表理事 岡田勝太さん


松原 その“初心者っぽい”という雰囲気は、どこから醸し出されているのでしょう?

岡田 楽しむ力が高いことですかね。みんなが共通して、人生を遊びだと思っている節があるのかもしれません(笑)「楽しむ」「ワクワクする」を中心に置いているところがあります。

松原 今を大切に、自分たちがやっていて楽しいことを、本当に気持ちを込めてやっていたら、思いも寄らなかった結果がついてきますよね。その感覚は、ちょっとわかる気がします。

岡田 本当にそんな感じです。大学生向けの「Change Maker Study Program」を続けていく中で、ずっと一番大事にしていたことが「今を生きる」ということなんです。過去や未来ではなく、この瞬間を生き切ることを大切にしていこうと。「この瞬間、今輝いていることを選択していこうよ」ということはプログラムの中でもメッセージとして伝えていますね。

井上 「10年経っても素人っぽい」というのはすごいことですよね。それだけの期間続けていれば、自然に内容が固定化して、パッケージ化されていきそうなものですし、その方が安定して楽だという考えもあると思うのですが…。型ができているようで、固まり切らずにいられるのは、「今を生きる」という風土があるからなのでしょうか?

岡田 組織なので、未来の計画や方針はもちろん考えるのですが、実際には現場で出てきたものをどう組み立てていくかというリソースありきで行動していますね。「こういうことを目指してここに辿り着きました」というよりも、実情は「こういうことを組み合わせていたら、こうなっていきました」という感じです。SETの事務局からも「1ヶ月よそ見をしていると、この組織は全く違うものになっているので気をつけていないといけない」と言われます(笑)

松原 何が起こるかわからないけれど、それを楽しんでいるところが、いい意味での“素人っぽさ”なのかもしれないですね。それって、なかなか組織でできることではない。その雰囲気に惹かれる人が多いのもわかる気がします。

IN主任研究員 松原明美


震災をきっかけに、生き方を根本から見つめ直した

井上 岡田さんご自身は、どんな経緯でSETと出会われたのでしょうか?

岡田 代表の三井が大学の先輩なんです。2011年の5月、僕が大学2年生の時に「被災地の支援を手伝わないか」と声をかけてもらって。そこから活動に没頭して、2012年には大学を休学してこの町に1年間滞在しました。ちょうど三井が移住したタイミングだったこともあり、一緒にチャレンジできたらと思って。

井上 最終的には移住まで果たされていますが、岡田さんをそこまで動かしたきっかけは何だったのでしょうか?

岡田 休学した当初は、僕自身も、将来自分がどうなっていくのかあまりよくわかっていなかったです。震災があって、自分がこれまで思い描いていた未来が一瞬で崩れ去った。そんな現実を考えると、何が幸せなのか、何が豊かなのかをもう一度考え直さなければいけないと感じていました。

その後、広田町に暮らして、地域と関わりを持つなかで、だんだん「この目の前にいる広田町の人たちが好きだな」という気持ちが芽生えてきて。「自分のすることがこの人たちのためになったらいいな」と思いましたし、自分の未来に対する悩みが、この地域の課題を解決をしたら、一緒に解決していく可能性があるんじゃないかと思ったんです。

実際に、企画を実行して、仲間と話しながらいろいろなことをアウトプットしていくなかで、自分自身のワクワクすることや「こんなことがしたいんだな」ということに気づいていけた。そこから、「地域の課題解決をしたら、結果的に自分の未来が見えてくる」という体験を他の学生にも届けられないかと思ってはじめたのが、現在も続く「Change Maker Study Program」です。これまで全国から700名以上の学生に参加してもらって、今ではSETの主要事業にもなりました。

そのプログラムの初回を迎えたタイミングで、休学期間が終わって大学に戻ることになったんです。そうしたら町の人から「いってらっしゃい」と言われて。「これは帰ってくるんだな」と直感しましたね。

松原 もう、広田町が居場所になっていたんですね。

岡田 そうですね。それと同時に、単純に居心地がよかったから移住しようと思った訳ではなくて。何もないこの町に、自分にできることがあると確信ができたんです。自分の20代、あるいは人生を、この町にかける意味があると思いました。

なので、復学後は一切就活をせず、SETでどう飯を食っていくかを1年半ほど模索していましたね。そして大学卒業後に、すぐに移住しました。

IN研究員 井上良子


井上 1年間過ごした場所とはいえ、移住して大変なことはありませんでしたか?

岡田 団体を立ち上げてすぐだったので、仲間とシェアハウスで暮らしていたんです。みんなお金がなかったので、それぞれが稼いできたお金を持ち寄って、全部生活費にあてていました。共同基金のようなものですね。それをお小遣いのように配分すると、手元に残るのはひとり5000円ぐらい。当初はそんな生活をしていました。でも、その暮らしがすごく楽しかったんですよね。そして、「相当なことがない限り、この日本では死なないな」という実感も得られました(笑)

井上 それは究極の実感ですね!

岡田 そうですね(笑)

井上 SETで活動していく中で、岡田さん自身が「本当はこんなふうに生きたかったんだ」という価値観や人生観に対する気づきはありましたか?

岡田 ひとつ言語化できたことは、自由についての捉え方ですかね。昔から「自由になりたい」と思って生きてきたんです。でも以前は、自由が何かよくわからなかった。でもいろいろな体験を経て、今は「大事なものを大事にできることである」と自分なりに定義できるようになりました。それから「自由はひとりでは手に入らない」。ひとりでフラフラしていても、色鮮やかにはならないんですよね。

こうしたことを仲間たちと語る中で、自分の考え方を大きくアップデートした気がします。

井上 まさにSETの特色である「交流と対話の力」で、岡田さん自身も生き方やあり方を磨かれてこられたのかなと感じました。

最後になりますが、岡田さん自身が、今後の人生の中で叶えていきたいことがあれば、お伺いしたいと思っています。

岡田 僕自身は、内発的な願いや動機に気づくのと同時に、つながりを取り戻していくことも大事なのではないかと思っています。現在はコロナの影響でなかなか交流ができず、深い交流を大切にする自分たちとしては不利な状況でもありますが、withコロナ時代の新しい暮らし方を実験していきながら、時代にあった「交流と対話」のかたちを模索できたらと思います。

最終的には、個人の人生レベルでの豊かさや発展が、組織や社会にも活かされるという循環を生み出していけたら嬉しいですね。

インタビューを終えて

岡田さんのお話の中で印象的だったのは、SETのプログラムや、岡田さんご自身が自分のあり方を探究するプロセスに、他者とのつながりが大きく作用しているということです。プログラムに一緒に参加する仲間たちや、SETのスタッフ、そして地域に暮らす方々…そんな多くの他者との交流や対話の機会がふんだんにあるからこそ、独りよがりな目線に偏ることなく、他者や地域にとってもウェルビーイングな生き方を描けるようになるのではないかと感じました。
後半のインタビューでは、SETのプログラムに参加したのち、実際に陸前高田に移住した3名の若者にお話をうかがいながら、さらにSETの内発的イノベーションの特徴を探っていけたらと思います。

(インタビュアー:井上良子/編集:青山絵美 /画像提供:NPO法人SET)

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