わたしが変われば、地域が変わる。「内発的イノベーション」による未来のまちづくり|一般社団法人こころ館|SILKの研究
目次
1. 一人ひとりがクリエティビティを発揮し、変化をつくり出していくこと
2. 開発僧にヒントを得た、地域づくりのあり方
3. 奥底に眠っていた「やりたいこと」が、地域の力になる。
4. 自分の可能性に目覚め「自分発酵」する
5. 自分発酵した人の香りが地域へ広がる。
6. 「内発的イノベーション」地域づくりとは
7. おわりに
1.一人ひとりがクリエティビティを発揮し、変化をつくり出していくこと
新型コロナウィルスの流行によって、ライフスタイルやはたらき方などの急激な変化を余儀なくされた2020年。このような先の見えない時代においては、社会の変化に適応するだけでなく、一人ひとりがクリエティビティを発揮し、変化をつくり出していくことが求められているように思います。
わたしが代表を務める「一般社団法人こころ館」は、一人ひとりの可能性が十全に発揮できる社会を目指し、人材育成事業に取り組む団体です。人が本来持つ可能性を発揮することで、意図せずとも社会問題が解決される仕組みをつくりたいとわたしたちは考えています。
こころ館では、2017年に企業向け研修サービス「わたし研究室」をスタートさせ、はたらくうえでのアイデンティティの再形成を通して、本来持っているクリエティビィティを生み出す人材育成事業に取り組んできました。一人ひとりがクリエティビィティを発揮しチームや組織のパフォーマンスを高めることを「内発的イノベーション」と名付け、このアプローチ方法を用いて、京都の人気アパレル企業(株)ヒューマンフォーラムのmumokutekiさんや、大手通販会社(株)フェリシモさんなどの研修に取り組んでいます(*1)。
また、並行して、2015年から同志社大学大学院にてソーシャル・イノベーションの研究を進めてきました。今回の記事では、研究のなかで考案した「内発的イノベーション」による地域づくりの事例として、大阪府豊能町でのひとりの可能性から拓く地域づくりをご紹介させていただきます。
2. 開発僧にヒントを得た、地域づくりのあり方
わたしが「内発的イノベーション」による地域づくりを考えるようになったのは、2006年~2015年にミャンマーやカンボジアで経験した人道支援活動がきっかけでした。その時に出会ったのが、開発(かいほつ)僧と呼ばれる僧侶たちです。
彼らは、地域の発展のためにお寺を飛び出し、村人と二人三脚で地域づくりに取り組んでいました。開発(かいほつ)とは仏教に由来する言葉ですが、「自らの潜在能力を開花させ、人間性を発現していく物心両面における内発的な実践」(*2)のことです。開発僧は、「誰しもの中には眠っている可能性が必ずある」という考えを基本姿勢において、村人一人ひとりの可能性を見出すこと、また自分以外の人や地域のことを思いやれる精神を育む教育活動を基礎にした地域づくりに取り組んでいました。その結果、村人たちは自分が本来持っている力を発揮しながら、村人同士で支え合い助け合って地域を発展させていました。
この開発僧の地域づくりにヒントを得て発案したのが「内発的イノベーションによる地域づくり」です。そして、この地域づくりモデルを日本ではじめて実践したのが、大阪府豊能町です。
3. 奥底に眠っていた「やりたいこと」が、地域の力になる
豊能町は、豊かな自然に恵まれた、人口およそ2万人の郊外地域です。役場の方には、急激な人口減少や少子高齢化が進むなかで、新たな人口を獲得するだけでなく、すでに地域で暮らしている人々が自分らしく充実して生きるための支援をしたいという思いがありました。そのために、こころ館の「わたし研究室」というプログラムを人材育成事業に導入したいというご依頼をいただきました。
2018年、「とよのわたし研究室」という一人ひとりの可能性を見出すための自己教育プログラムを基礎に置いた地域づくりが始動しました。これは、地域で暮らす女性たちの奥底に眠っている「やりたいこと」を見出すことから始める、前代未聞の地域づくりプロジェクトです。
4. 自分の可能性に目覚め「自分発酵」する
「とよのわたし研究室」の対象は、「何かしたいけど何をすれば良いのかわからない」「自分を見つめなおしてみたい」という女性たちです。月に1度のペースで、全5~6回のワークショップ(講座)を開催し、現在で3年目を迎えました。これまでに受講された方は45名にのぼります。
わたし研究では、自分を知るために、これまで自分がどんな人から影響を受け、何に心を動かされてきたかなど、感情にフォーカスしながら自己探求をしていきます。こういった「行為の中のマインドフルネス」といわれる技法もまた、開発僧が村人に対して、瞑想や説法から「自分とは何者か」というあり方を問う時間を持たせていたことをヒントに開発しました。
しかしながら、ただ自分と向き合っているだけではちゃんと自分を知ることができません。自分の内側で起こっていた感情を他者に共有することが大切です。そうすることで、自分の内側で起こっていることが整理されていきます。ですので、わたし研究を実践するうえでは、他者との対話の時間を必ず設けるようにしています。対話を通じて、他者と一緒に自分では気づけないことや認識のズレを発見していくのです。ここでは、評価なしの全肯定でお互いの話を聴き合うことで「わかってもらえている」という安心感が広がります。
また、わたし研究のなかでは、これまで持っていた「こうでなければならない」という固定観念を手放す瞬間が訪れます。これまで抑え込んでいた感情を手放すことで、ありのままの自分が取り戻されるので、心の奥底にあった本当の願いがわかってきます。こうしたプロセスを経て、その人がもともと持っていた独自の発想であるクリエイティビティが立ち現れてくるのです。これを「自分発酵」している状態と呼んでいます。
また、ありのままの自分の感情や気づきを共有しあう対話を通じて、お互いのことを深く知ることができるので、関係性の質もアップしていきます。内側から感情でつながりあった仲間とは、まるで家族のような関係になっていきます。
そしてプログラムの最後には、自分が地域で実現したい「研究テーマ」を発見していきます。これがプログラムの最終到達点となります。
実はこのプログラムでは、行政職員の皆さんも一緒に受講していただくというスタイルをとりました。受講生として参加することで、住民の皆さんがどのように地域で実現したいことを発見していくのか、そのプロセスを目撃することになります。そうすることで、職員の皆さんが住民の方を応援しやすい風土をつくることができるのです。
5. 自分発酵した人の香りが地域へ広がる
プログラム終了後は、「研究テーマ発表会」という研究の成果を発表する場を設けました。発表会は地域内外から人を招いて、大学の教授や企業で活躍されている方々、地域の有識者の方にコメンテーターになっていただきました。受講生からどんな風に研究テーマが生まれたのか、そのプロセスを共有してもらうことで応援者を集うようにしました。
「わたしは主婦でたいしたことは何もできないけれど、講座を通して地域のために何かしたいという気持ちになりました」と語ったのは1期生の三好さん。研究テーマは「とよので暮らす人たちのしあわせサポーター」です。後に彼女は、自治体とこころ館が協働で届けた講座名と同名の「とよのわたし研究室」という市民団体を立ち上げ、地域で暮らす女性が自分らしく生き生きと活躍してほしいという自治体の願いを引き継ぐことになりました。この市民団体は、三好さんを応援する形で一緒に学んだメンバーと一緒に立ち上げられ、地域で暮らす人たちの自分らしさを引き出す活動として、自分らしさ診断というツールを用いて、地域内外で300人以上の方に実施されています。1期生の三好さんが中心になって立ち上げた市民団体は、
豊能町を自分らしく生きる人でいっぱいにする活動をスタートしています!
それ以外にも、「とよのわたし研究室」に参加した45名の女性たちの研究テーマは様々です。開発途上国の援助や課題解決の仕事をされていた林さんは、「これまで、仕事を優先する生活を送ってきました。頑張りすぎた自分が駄目だったと否定し、仕事のペースを落とした結果、今度は以前と同じように頑張っていない自分に苦しむという無限ループに陥っていました」と講座受講当初は話されていました。そんな彼女の研究テーマは「旅するようにわたしを生きる」です。本来、旅をすることが好きだったことを講座のなかで思い出され、これからは様々な地域の人と関わりながら旅するように生きたいとおしゃっています。
このように講座を通じて、これからの自分らしい生き方を発見した女性たちは、特技を活かして起業した人、新しい仕事への挑戦をした人、空き家になった実家を活用した貸しスペースを開業した人など、それぞれの個性や持ち味を活かした研究テーマの実現に向けて、共に学びあった仲間と支え合いながら活動を徐々に広げています。
発表会のコメンテーターを務めてくださった、同志社大学でソーシャル・イノベーション学の教鞭をとられる今里滋教授は、「わたし研究を通して自分らしさを発揮した人は、まるで発酵菌のようなもの。自分発酵した人が地域に散りばめられることで、発酵が他の人にも伝播していき、気がつけば美味しい香りが地域いっぱいに広がっている」と、内発的イノベーションによる地域づくりについてコメントしてくださいました。。この今里先生のコメントからヒントを得て、こころ館が目指す内発的イノベーションの特徴を「発酵型」とご紹介するようになりました。
このまちづくりでは、共に学んだ自治体職員の方々が、住民の皆さんの研究テーマが生まれるプロセスに立ち合っています。だからこそ、一人ひとりにあった応援がやりやすくなり、助成金の案内や外部団体とのマッチング、必要な人には個別面談を設けるなど、それぞれの研究テーマを地域で実現できる伴走支援がスムーズになるのです。
また、自分で動ける人には自立を妨げないよう不必要な支援は行わず、動きはじめの段階で支援を必要とされている方を対象に実施するようにしました。それぞれに合わせた支援をするのも、この地域づくりの一つのこだわりです。
住民さん一人ひとりのペースに合わせて伴走支援していくことを自治体職員の皆さんは大切にしていて、それが、住民の皆さんとの信頼関係をつくることにもつながっています。このモデルで忘れてはならないのは、講座を通じて、住民の方と自治体職員さんとの間にも相互扶助の関係が生まれていることです。豊能町で暮らす自治体職員さんもいわば住民の一人なのだから、役割を超えた関係性のなかから地域を真に豊かに発展させていく共通意識があっても良いと思っています。
6. こころ館の「内発的イノベーションまちづくり」とは
ここまで豊能町の事例を通して、内発的イノベーション地域づくりがどのようなものなのかを簡単にお伝えしました。外からは何が起こっているのかわかりにくく、理解をしてもらえないという側面がある地域づくりだからこそ、豊能町での実践をアカデミックな視点からも分析し、論文にまとめました。以下に、検証した内容をご紹介していきます。
まず、「講座参加前」と「参加後」の受講生の皆さんの語りの音源をテキスト化し、質的データ分析法を用いて検証を行いました。「講座参加前」の皆さんの語りからは、充実して満たされた生活を送り、自分らしく生きているという自覚はある一方で、「将来に対して不安を抱えている」「育児や仕事・家事に追われてイライラしている」「自分を責めて落ち込む」などの傾向も見られました。自分らしく生きているつもりではいるものの、自分自身のことや人間関係に関する課題を抱えていることがわかりました。
そして「講座参加後」の受講生の語りからは、「自信がついた」「実行力がついた」「イライラしなくなった」など、講座を受講する前に抱えていた課題を乗り越えた様子が確認できました。また、不安・もやもや・愚痴といった課題から解放された傾向も見られ、「余裕が生まれた」「寛容になった」などの発言がありました。
以上の結果から、受講生の皆さんが講座を通して自分の課題を改善・解決したこと、そこから新たなアイデンティティ(自分らしさ)を形成し、新たな価値観を獲得してきたことが、明らかとなりました。
自己課題を解決するプロセスには、他の受講生からの傾聴やフィードバック、あるいはファシリテーターからの働きかけが作用していることも、分析からわかっています。
「講座参加後」の語りのなかでも注目すべきは、「他者の役に立つことが自分の喜び」「周りの人や地域で暮らす人の役に立ちたい・応援したい」といった、人や地域の役に立つことの喜びについての語りが全体の73%を占めていたことです。自分のやりたいことを実現する喜びだけではなく、誰かの役に立つことの喜びが同時に芽生えていたことが、検証の結果わかりました。
この内発的イノベーション型のまちづくりモデルには、大きくは2つの段階があります。ステージ1は「自分発酵を促す人材育成を実施する段階」、ステージ2では「自分発酵した人の可能性を地域で発揮できるよう支援する段階」です。
ステージ1は、心の奥底に眠っている可能性に目覚め、新たなアイデンティティを形成していく人材を育成する段階です。このまちづくりでは、「地域」をそうした一人ひとりの自分らしさを発揮できる場として捉え、自分発酵する人材の育成をまちづくりの基礎に置いています。
内発的イノベーションを起こすうえで最も大切にしていることは、一人ひとりの内発性から生まれたものを、その人らしく地域で発揮していくことです。ここでいう内発性とは、「自然に内側から湧いてくること」を指します。本人の内側から湧き水のようにあふれ続けるため、モチベーションが下がりにくく、持続的な活動が可能になります。また、内側から湧きあがった「やりたい!」はその人のありのままの個性なので、そこを起点に自分を成長させていくことで幸福感が得られます。自分のうちにあった「やりたいこと」を発見した状態は、自分発酵が始まった状態といえます。
ステージ2は、彼らの実現したいことを具体化・具現化するために、地域で伴走支援を行う段階です。行政・中間支援組織・社会起業家などの地域内外の多様なセクターが協働し、一人ひとりの自分発酵を進めるための個別支援や、相互発酵するためのつながりを生み出すプラットフォーム形成支援など、必要に応じた支援を提供していきます。
こうした過程を経ることで、自分発酵した人が周囲を巻き込んでいき、相互的に発酵が進みます。結果として活動人口や関係人口が増加し、社会関係資本が醸成され、地域固有の発酵が進むことを目指していきます。
このように、内発的イノベーションによるまちづくりの効能は、じわじわと広がっていきます。一人ひとりの内側から変革を起こし、自分発酵する人をまちに増やすことで、気づけば周囲にもその発酵が波及し、結果的に地域が発展していくのです。
7. おわりに
今回ご紹介してきた豊能町でのまちづくりのコンセプトは、「わたしが変われば、地域が変わる」というものでした。「一人が変わったところで、地域が変わるはずない」と、取り組みを始めた当初は言われることもありました。しかし、豊能町の職員さんたちは、「住民の皆さんの可能性を信じきる存在でいる」という姿勢で、このまちづくりに取り組んでこられました。
現在、自分発酵した住民の皆さんの可能性が、地域のなかでじわじわと咲き始めています。コロナ禍で活動が縮小気味ではありますが、ここから生まれた家族のような絆はこれからも失われることはないでしょう。
先日、ほかの地域で非常に近い取組をされている方から「こういった『一人の可能性』に着目したまちづくりは、全国津々浦々にあると思います。『内発的イノベーション』という考え方が生まれたことで、まだ知られていない取組にもスポットが当たるといいですね」とコメントをいただきました。今後は、そうした国内外の内発的イノベーションの事例を発掘していきながら、地域の方々や行政機関・まちづくり関係者と協働し、一人の可能性から拓くまちづくりを広げていけたらと思っています。
執筆者:一般社団法人こころ館 代表理事 松原明美
京都出身。2013年一般社団法人こころ館設立。同志社大学大学院総合政策科学研究科後期課程修了。ソーシャル・イノベーション博士。2006年~2015年にかけて、ミャンマーの開発僧が主催する人道支援活動に参加する。開発僧が手がける、一人ひとりの潜在能力から開花を促す地域づくりにインスパイアされ、日本でも適用可能なモデルをつくるため実践と研究を往復しながら検証を行う。また、教育現場や企業で3000人以上の心理カウンセリングと開発僧から学んだ知見をもとに「わたし研究室」というプログラムを開発。潜在能力を開花する自己教育である「わたし研究室」を地域・組織づくりの基礎に取りいれることで、ひとり一人の可能性が十全に発揮できる社会の実現を目指している。
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*1 内発イノベーションに関しては、博士論文に豊能町の実践研究をまとめ執筆した他に、2019年に「内発的イノベーションによる地域づくり論序説」(『同志社政策科学研究』21号1巻掲載)を発表しました。また、2020年には「住民の潜在的可能性に基づく地域づくりに関する予備的研究」(『地域活性研究』12号掲載)などの学術論文でも発表しています。
*2 西川潤・野田真里(2001)『仏教・開発・NGO―タイ開発僧に学ぶ共生の智慧』新評論、p.21
この記事は、京都市ソーシャル・イノベーション研究所(SILK)に寄稿した記事を転載したものです。
https://social-innovation.kyoto.jp/spread/4576